2009年10月アーカイブ

経営危機に陥った1970年代後半に、運輸省(現在の国土交通省)出身の佐藤光夫が社長に、
日本興業銀行出身の村田倉夫が副社長に就任し、
それ以来ごく最近まで運輸省のOBや銀行出身者が経営に参画し、
事実上の国家管理・銀行管理となっていた(厳密には国家管理ではない)。
これは、不動産投資の失敗や石油ショック後の不況、成田空港関連の先行投資負担(及び開港の遅れによる損失)が重なって破綻寸前に追い込まれたためである。
上野の京成百貨店が撤退したことや谷津遊園を閉園したのもこの影響である。
なお、現在は経営再建に成功している。

官僚や役所とつながっていると、
癒着とかって言われますけどね、今は。
昔はそんなにうるさくなかったように思います。